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2005年12月28日 (水)

2005年雑感

2005年最後の書き込みになると思います。

今年もいろいろなことがありましたが、私にとって最も大きな出来事はやはり祖父の死だったと思います。2005年の締めくくりに今年4月に亡くなったは祖父のことを書きたいと思います。

もし私に最も尊敬する人物は?と問われたら、おそらく祖父と答えるでしょう。
私にとって凄く大きな存在でしたし、間違いなく私のルーツです。
小さい頃から祖父に可愛がられ、95歳で亡くなる最後まで私のことを気にかけてくれていました。
祖父は、当時名古屋では有名な腕利きのギター職人で、小学校を卒業すると大工の奉公に出て腕を磨き、21歳の時にギター職人に転向。私が生まれた頃には既に自らのギターブランドを確立し、昭和40年代に数万円もする高級ギターを手作りで作っていました。昭和44年12月23日付の毎日新聞「東海人間模様」によると、「10年ほど前に一度聞いたおじさん(祖父ね)のギターの音が忘れられなくて・・・」と福井から車を飛ばして買いに来た人もいた」「リュックサックに100円札をぎっしり詰めて問屋が買いに来るほど」と記事に紹介されています。また、同じ新聞の記事によると、当時祖父のギター(ピックギター)を売っていた新光商事社長の岩田氏のコメントとして「いまどき珍しい職人気質の人で、仕事は手堅く誠実です。うちで売っているギターの中でも平下さんのは最高級品。『平下さんのものを』と指定してくるお客さんが多いのですが、なんせ数が少なくて・・・。月に何本という約束をしない名人気質の人で、1本しかできないこともあります。」というコメントも寄せられています。
そんな祖父に可愛がられ、私もそんな祖父を尊敬していましたし、子供の頃から大好きでした。ちなみにこの新聞には、0歳児の私の写真も掲載されていて、写真には「仕事を終えた平下さんの楽しみは孫の淳ちゃんと遊ぶこと」という説明文が添えられています(昭和44年は私の生まれた年です)。

このじーさん、根っからの職人気質で、「宵越しの銭は持たねぇ」という価値観から、私の父親や奥さん(私の祖母ね)には、お金のことでたいそう迷惑を掛けたみたいですが、自分の腕ひとつでのし上がり、誰にも迎合することなく、「自分の納得いくギターだけつくりたい」という信念を貫き通した祖父の生き様には男として共感をおぼえます。私が物心ついた頃には一線を退いていましたが、私が小学生の頃には祖父の仕事部屋に出入りするのが好きで、そんな祖父をいつもかっこいいと思っていました。

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私も職業こそ違えど、自分で納得のいく仕事をしたいと常々思っていますし、その結果としていい仕事をすれば人に喜んでもらえる今の仕事(講師)に誇りも持っています。亡き祖父の開拓者としての精神をしっかりと受け継ぎ、これからも人に喜ばれるいい仕事をしていきたいものだと強く感じる次第です。
前述の毎日新聞の記事によれば、祖父の当時の目標は「ギブソンを追い越すこと」。

私の2006年の目標は・・・

それにしても、「宵越しの銭は持たねぇ」というコテコテの職人気質だった祖父の孫がファイナンシャルプランナーとは、どーいう巡り合わせですかね。天国のじーさんもびっくりだよね。。。実際。

それでは、当ブログ来年もホソボソと続けていきますので、何卒よろしくです。

よいお年をお迎え下さい。

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